コリン堂工作ブログ

模型工作について延々と書いています。最近は木造電車や70系客車を主に作っています。 shop https://kowrinmaki.handcrafted.jp/

カテゴリ: 木造省電

今回は屋根上の諸々と等級帯を作ってゆきます。
 前回、ブドウ色一色の車体と灰色一色の屋根まで作りました。
 まずはパンタ台座の制作。付属の2mmの帯材を12mmに切断。(パンタの機数*2)本準備します。そして、濃灰色で塗装。ついでに付属のトラス棒も墨汁で黒塗装しておきます。さらに、車体の梁も作ります。端材のボール紙を、(車体幅)*(2mm)に切断。墨汁で塗っておきます。さらに、ハーフガーランドベンチレーターを必要数準備。塗装しておきます。

 まずはベンチレーターを
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上から標準型、デハ43200改造型、デハユニ43850改造型です。初期型は写真を撮り忘れた、、、

次にパンタ台を接着します。まずは車体端に近いほうの一本を接着し、その後にパンタの足のスパンに合わせて現物合わせで2本目を接着します。そしてパンタグラフを接着。こんな感じに(写真はデハユニ改造型)
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次に等級帯を貼り付けます。この系列は全室三等車なので赤帯だけ
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上から順に、初期型、標準型、デハ43200改造型、デハユニ43850改造型です。
あとは屋根上のパイピングをすませばほぼ完成。

最後に、車体の下部にたわみ予防の梁を取り付けます。トラス棒もついでに。
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上半分は完成です。

車体を乾燥させている間に屋根を作ります。切り出された屋根のうち、ダブルルーフの上部を折り曲げて箱型にします。
assembleRoof


下部には車体のカーブに合わせて曲げ癖をつけます。
屋根下層と屋根上層の内側に墨汁を塗ります。これは遮光と補強を兼ねています。
次に屋根と車体を接着。まずはダブルルーフの下層を車体と接着。車体の断面に接着剤をのせて、下層部を接着。
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ある程度接着剤が乾いたら、箱型に組んだ上部を下層部のモールドに合わせるようにして接着します。そして、マスキングテープで仮止め。ここは接着剤の乾きとの勝負なので性格、かつ手早く。
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この状態でしばらく置いて乾燥させます。これを4両分やります。各車、ダブルルーフ上部のモニター窓の配置も各車異なり、左右対称でもないので気を付けます。

マスキングテープで仮止めし、乾いたら絵の具で灰色に塗装します。

今回から、模型を作ってゆきます。

機械から取り出した状態です。各々1両分両分の部品が写っています。
まずはデハ4形態から組み立てます。
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上から順に、初年度型、標準型、デハ43200改造型、デハユニ43850改造型です。以下、写真は基本的にこの順です。

まず最下層と屋根になる部品を除いたもののだけ切り抜いて、残りは切り抜かないまま裏面にスプレーのりを噴霧します。次に部品のランナーを切って切り出した部品を積層します。これを側面、妻面、前面で行い、4枚の板にします。

こんな感じ
assembleBody_dh33500

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初年度型の車両は写真を見ると、妻面の窓がないためそれを再現。デハ43200改造型のものはふさがれている姿を再現してみました。


その後、GMの板キットのように側面と妻面、側面と顔面を直角にボンドで接着。L字型に接着した後にロの字型に組み上げます。
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ちなみに。実際には4両並行で作業しているため、机の上はすごぶる汚くなっております。
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何が何の部品だかわからなねぇ

次に、これをサーフェイサーで下地処理した後にぶどう色1号で塗装します。
汚れのつかない場所で乾燥させておきます。



さて、ここまで大正3年から関東大震災直前までの直前までの電車を作ってきました。今回は大震災直後に登場した、木造省電最後の形式を作ってゆきます。

 デハ63100系列。関東大震災により荒廃した東京の中で、逼迫する輸送需要に応えて登場し、復興輸送を支えた電車です。また、デハ43200系列で結実した電車技術をふんだんに取り込み、後の17m級省電の標準型ともいえる機構となりました。 デハ63100系列とは、鉄道省時代に在籍した直流用電車ののうち、デハ63100、サハ33550を総称したグループです。大正13(1924)年から大正14(1925)年にかけて総数266両という当時としては極めて多い両数が製造されました。17m級木造車体、片側3扉、ダブルルーフのモニター屋根を持ち、片側に4つの通風機を持つスタイル(一部のみ5つ)が基本でした。

車両のバリエーションについて
・デハ63100
 基幹系列となる、京浜線用の三等電動制御車です。150(PS)の主電動機を持っていました。大正13年に28両、14年に59両、15年(昭和元年)36両の総勢126両というこれまでの電車とは一線を画する両数が製造されました。これには初年度に製造されたグループ、次年度以降に製造されたグループ、デハ43200から改造編入されたグループ、デハユニ43850から改造編入されたグループの4タイプがありました。改造編入されたグループは標準型と窓割や扉配置が異なる、初年度のグループはほかのグループと異なり900mm狭幅扉を持つなど、外見はバラエティに富んでいました。

 dh63100_1
初年度型。狭幅扉が特徴。通風機も少ない

 dh63100_2
標準型

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デハ43200改造型。種車が2扉であり、窓の列の中央に扉を増やしたため窓割が中央によっているのが特徴

 dh63100_4
デハユニ43850改造型。定員が比較的多い。通風機も種車の都合で多い。また、これだけ非貫通の顔を持つ

・サハ43550
 本系列における三等付随車です。デハ63100に対応する付随車として大正13年に65両、大正14年に15両が、大正16(昭和元年)に60両の総勢140両が製造されました。こちらは中央、山手、京浜線に導入され、東京全域の輸送を支えました。こちらには当初からサハ33500として製造されたグループとサハ43350(デハ43200系列)から改造編入されたものの2タイプがありました。これらは窓割が異なり、区別も容易です。
 sh33550_1
標準型

 sh33550_2
図 1 6サハ43550改造型。種車が2扉であり、窓の列の中央に扉を増やしたため窓割が中央によっているのが特徴


・車両の一生について
 デハ63100は大正13年から15年(昭和元年)にかけて製造されました。デハ43200、デハユニ43850から改造編入されたグループを含め、これらは昭和3年の形式改称でほぼ全数がモハ10に編入されました。モハ10とされたグループは一部が郵便荷物合造車モユニ12、荷物車モニ13、及び教習車と配給車モヤ11に改造されたほかは鋼体化改造の上50系電車に編入されました。さらに一部は私鉄に譲渡されて活躍しました。

 サハ33550は大正13年から15年(昭和元年)にかけて製造されました。これらはサハ43550から改造編入されたグループを含め、全車が昭和3年の形式改称でサハ26に編入されました。これらは後に鋼体化されたのちにクハ15,、17に編入され、活躍しました。

デハ43200-63100系列の一族

前回までで、ほぼ編成が完成したので、撮影会です。
まずはデハとデハユニ。
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何やら床下がかっこいいことになっていますが、これは完成後すぐに改造したためです。改造記事は後程、、、

付随車を従えて。
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どこで走らせましょうかね

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