コリン堂工作ブログ

模型工作について延々と書いています。最近は木造電車や70系客車を主に作っています。 shop https://kowrinmaki.handcrafted.jp/

2019年02月

まずは車体からマスキングテープをはがします。マスキングテープは、墨汁相手だとなぜか吸着力がとても強くなるので慎重に。そして、前回作った車体の屋根を塗装します。これは、水彩絵の具を用いて、適当な灰色を調色。その灰色を屋根に塗ります。車体は有機系塗料で塗装してあるため、この工程で多少絵の具が側面にはみ出しても、容易にリカバーが可能です。
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乾燥させている間にほかの準備をします。まずはパンタ台座の制作。付属の2mmの帯材を12mmに切断。(パンタの機数*2)本準備します。そして、濃灰色で塗装。ついでに別途レーザーカッターで切って準備したトラス棒も墨汁で黒塗装しておきます。さらに、車体の梁も作ります。端材のボール紙を、(車体幅)*(2mm)に切断。墨汁で塗っておきます。

ここまでのものすべてが十分に乾燥したら組み立てます。


絵の具が完全に乾燥したら、パンタ台を接着します。まずは車体端に近いほうの一本を接着し、その後にパンタの足のスパンに合わせて現物合わせで2本目を接着します。この時、パンタもいっしょにくっつけるとやりやすいです。パンタグラフにはKATOの11-401、直流用パンタグラフPS14を使用しています。
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次は、下画像を参考に、車体の下面にトラス棒と梁を接着。トレーラー車の場合、梁はステップのない下面と面一にすること。後で合体させる床板の側面を露出する台枠の表現に利用します。動力車の場合は現物合わせで、シャーシの下面がちょい見えるような位置で止まるように梁を接着します。トラス棒も、接する断面に接着剤を乗せて押し付けるようにして接着。

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最後に、窓を貼り付けます。窓セルを適当に切って裏から貼るだけです。

これで車体の上半分は完成しました。次回、床下に行きます。

今回は屋根を作っていきます。

切り出された屋根のうち、下画像赤線部を、紙の厚みの半分ちょい位まで切ります。
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切れ目を入れたところを折り、下画像のように組み上げます。折る時には定規を用いるときれいに折れます。
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屋根下層は上面のみ、屋根上層は全面に墨汁を塗ります。これは遮光と補強を兼ねています。
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次に屋根と車体を接着。まずはダブルルーフの上層の、下層と接するところに、紙の断面にのせるようにしてボンドを塗ります。この時、ボンドが多すぎるとはみ出してみっともなくなるので慎重に。これを下層のモールドに合わせるようにして仮止め。さらに車体の屋根と接する面に同様にボンドをのせ、下層+上層の屋根を乗せます。そして車体カーブに沿うように屋根の下層をマスキングテープで止め、さらに上層を固定するようにマスキングテープで固定します。ここの過程は、接着剤の乾きとの勝負なのでなるべく手早く済ませます。
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この状態でしばらく置いて乾燥させます。

今日はここまで。

こちらが、レーザーカッターマシンから取り出して、窓を抜いたもの。ランナーとして、部品の一部は台紙にくっつけてあります。
これのランナーを切断し、各部品にします。
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切り出した紙のうち、最下層になるものを除いたものの裏面にスプレーのりを噴霧し、積層します。これを側面、妻面、前面で行い、4枚の板にします。その後、GMの板キットのように側面と妻面、側面と顔面を直角にボンドで接着。L字型に接着した後にロの字型に組み上げます。
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次に、これをマホガニーサーフェイサーで下地処理した後にぶどう色1号で塗装。

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乾かします。

今回はここまで

さて、今回から本格的に製作に入ってゆきます。
今回製作する電車は、さすがにネット上には図面は転がっていなかったので、図書館へいきました。
その結果、
・木製省電図面集(鉄道史資料保存会/1993)
・省線電車史綱要(東京鉄道局/1927)
という本に、図面を発見。

この中からデロハ6130、デハ6340、デハユニ6450、サロハ6190の図面を探し出し、トレースし、それをトレースした図面からペーパー用板キット仕様に変換します。
70系客車の時と同様に、側面と妻面は3枚重ね+シルヘッダーという構造をとりました。内側から順に、基盤層(開口部は窓部分のみ)、中間層(ドアのプレス等の表現)、表層(ドアの凹み、その他表面の装飾)、シルヘッダーというような役割となります。そうしてできたものがこちら。


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デロハ6130


dh6340
デハ6340


srh6190
サロハ6190

画像の都合上、電動車のほうが長くなっていますが、付随車の方が少しだけ(実車で1m程)長いです。

次回、これを出力して組みます。

今回も説明回になります。

次回から、デハ6340系列を作っていくので実車紹介をします。

デハ6340系列とは、鉄道院、及び鉄道省時代に在籍した直流用電車ののうち、デロハ6130、デハ6340、サロハ6190、デハユニ6450を総称したグループです。

大正3年中央線御茶ノ水~中野と山手線烏森(現新橋)~渋谷~新宿~池袋~上野が既に電化開業し、電車運転が開始されていました。この時、新規電車路線として、すでに開業していた東海道本線東京~横浜に並走して電車専用線が建設されることになりました。そしてその電車専用線は東海道線ではなく、京浜線と呼ばれるようになりました。また、この時中央停車場(現・東京駅)も同時に建設されることになりました。

さて、そのような画期的な路線開業と、東京のランドマークとなる駅の開業に合わせて用意される電車が凡庸なものになるはずもなく。京浜線専用電車として準備された電車は、従来の中央、山手線で用いられていた系列とは車体長、車体幅、集電装置、主電動機出力、いずれの面においても一線を画していました。まさに大正3年時点では日本において最高水準の性能を持つ電車といえるでしょう。それがデハ6340系列です。
車体は、顔は平妻非貫通の3枚窓、側面は車体端部に片側2か所の引戸の客用扉を持ち、妻面は開き戸式の貫通扉、屋根は全長に及ぶモニター屋根、片運転台式が基本スタイルです。車体幅は8ft6in(=2700mm)、車体長は電動車は50ft(=15240mm)、付随車は52ft11in(=16240mm)でした。電動車のほうが車体長が長いのは、付随車と電動車とで車体重量をできる限り揃え、軌道への負担を抑えるためでした。集電装置には、日本の鉄道では初めてパンタグラフを採用。高速運転を見据えました。主電動機はGE(ゼネラルエレクトリック)製のGE-244Aを使用。従来車は50(PS)であったのに対し、本系列の主電動機には105(PS)という2倍以上の出力の主電送機が採用された。制御器は電磁単位スイッチ式自動加速制御器、ブレーキは同じくGE製の自動空気ブレーキが採用されました。

デハ6340
 デハ6340とは、大正3年から京浜線専用電車として製造された三等制御電動車です。上記のような基本スタイルを持っていました。

デロハ6130
 デロハ6130とは、大正3年から製造が始まった二等三等合造制御電動車です。デハ6340との外見上の違いは半室二等の帯と、後位側車端部に小窓があることのみ。他は同一仕様でした。前位に三等客室、後位に二等客室が設けられ、仕切り壁で仕切られていました。シートは両車ともロングシートだったようです。ですが、二等客室の方が少しだけ奥行き深いという違いはあったようです。

デハ6340
 大正3年から、京浜線専用電車として製造された三等制御電動車です。特徴を備えていました。

サロハ6190
 デハ6340と同じく、大正3年から京浜線専用電車として製造された二等三等合造付随車です。製造初年度は、制御付随車と中間付随車の記号が区分されていなかったため、クロハ6190と名乗っていました。

デハユニ6450
 京浜線が開業してからしばらくたった大正5年から製造が始まった郵便荷物三等合造制御電動車です。これは日本初の郵便荷物三等合造電車であり、国有鉄道の電車としては初めて郵便取り扱い施設を持っていました。荷物室、郵便室の荷重は双方2tでした。


また、京浜線での第一線の活躍から退いたのちも、三等車への格下げと中央、山手線への転用、荷物車への改造が行われますた。以下にその概要図を示します。被災廃車とは、関東大震災によって焼失した車両ですね。

デハ6340系列の一族

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