コリン堂工作ブログ

模型工作について延々と書いています。最近は木造電車や70系客車を主に作っています。 shop https://kowrinmaki.handcrafted.jp/

2019年01月

2軸貨車を集めている方も多いと思います。ですが、ここで問題となるのがメーカー間での連結器の兌換性です。TomixとKATOの貨車はメーカー純正の連結器では相互に連結することができません。

そこで、今回はTomixの貨車にKATOの連結器を導入する方法を紹介します。

使用するのは KATOのナックルカプラー灰

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まずは連結器の金蓋を外します。そしてカプラーとばねを回収します。

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次に、画像の赤丸に示した位置に1.5mm系の穴をあけます。この穴の位置によって、連結間隔が決まるので慎重に。


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次に、カプラーにあけた穴に車体の突起をはめます。この時、連結器の後方にティッシュなどの詰め物を入れておきます。これがないとうまく連結器が噛んでくれません。

最後に蓋をもとに戻せば完成です。




今回、一通りそろった70系客車を手に、貸レイアウトに行って走らせてまいりました。

70系だけの編成というのも不自然なので、適宜手持ちの他形式の客車を挟んだ編成を組成。

Ver1
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Ver2

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最後に、ウェザリングをきつめにした貨車と混ぜて、怪しげな混合列車を組成

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よい、、、


さて、これでもって70系客車製作記は一区切りとしたいと思います。長い間のお付き合い、ありがとうございました。
また、これまで紹介いたしました70系客車につきましては、準備が整い次第
コリン堂頒布部
こちらでキット形式で頒布させていただきますので、よろしくお願いいたします。


以下、主要な参考文献です。
1.三橋克己、葛英一、藤本邦彦. 国鉄鋼製客車史第6編、オハ71系の一族<下巻>. (編) 藤本邦彦、星野俊也、佐藤哲也、中村光司、秋元克広、月井啓之、外山文比古. 新座市 : 車両史編さん会.
2.—. 国鉄鋼製客車史第6編、オハ71系の一族<上巻>. (編) 藤本邦彦、星野俊也、佐藤哲也、中村光司、秋元克広、月井啓之、外山文比古. 新座市 : 車両史編さん会
3.奥井淳司. 鐡道CAD研究所. 客車 70系. (オンライン) 2018年 http://www.geocities.jp/rail_cad/.

今回は、70系客車の余生や、その他書こうと思っていたけれど記事にうまく入れることができなかったことについて書こうと思う。

70系客車が旅客運用から離脱し、郵便、荷物車としての使命も終えた後どうなったか。主として救援車や配給車として余生を過ごした。また、いくつか面白い役目を担った車もいるので紹介する。

まずは救援車
 救援車とは災害、鉄道事故現場や除雪現場等に出動し、線路、枕木等の応急復旧資材や工作機械の保管と運搬、さらには簡易の作業員の臨時休憩所に用いられる車両である。多くの場合営業用としては老朽化した車両を用いており、70系が救援車化改造される前は木造省電、木造客車等由来の木造車両を改造した車両が用いられていた。車内のスペースは、復旧用資材と機材の積載スペース、作業員の休憩スペース、簡易厨房設備、トイレ等に使用されていた。地域や個体差もあるが、主にジャッキ、ガスバーナー、鋼材各種、枕木、ロープ、簡易クレーン、投光器等が積載されていた。
 70系客車はオエ70、オエ71として全国に配備され、旧来の雑多な救援車を駆逐。オエ70、スエ70、スエ78.スエ78は特に北海道~東北に集中配備された。

次に配給車
 オル71として、鉄道工場と車両基地間の物資輸送、鉄道用品倉庫と各駅等の業務機関の物品輸送に活躍。変わった仕事としては、北海道や東北の僻地勤務の職員への生活物資販売用途というのも。


最後にその他の用途
1)テレビカー
 昭和25年の電波三法の成立とNHKの改組の後、国内での本格的テレビ放送を前にしてNHKが国鉄から列車を借り切り、テレビ放送実験航海用の”ラジオ列車”として整備。NHKのラジオ放送開始25周年記念事業の一環として”全国巡回ラジオ列車”として国内15都市を巡回。テレビ放送の啓蒙を行った。
スヤ45+オハ71(臨時荷物車)の2両編成。1号車のオハ71にテレビカメラ2台、照明装置、映像切替器、付属送像機器を備えた仮スタジオ、2号車には受像機5台が積み込まれた。

2)長野原線準急草津用電源車兼控車
 現在は吾妻線も全線が電化され、651系電車で運行されている特急草津だが、その起源は古く昭和35年である。昭和35年、臨時準急として「草津」が上野 ~長野原駅(現・長野原草津口)間で運転を開始。使用車両は80系電車であった。しかし、吾妻線の電化は昭和42年である。では、どうやって電車を非電化区間にまで乗り入れさせていたのかというと、蒸気機関車に牽かせていたのだ。しかし、そのままでは連結器の関係や(機関車と電車では連結器が異なる)電車のサービス電源で不具合が生じる。そこで、当時余っていたオハユニ71に白羽の矢が立った。片方の連結器の交換と発電機の搭載改造の上、電源車兼控車として電車と蒸気機関車との間に連結して運行されたのだ。


3)イベント列車として
 戦災復旧客車最後の1両であり、かつ国鉄末期においては本線走行可能な唯一の3軸ボギー台車装着車両であったことから、スエ78-15は廃車されず、JRに保存運転用として引き継がれた。JR東日本高崎車両センターに長く車籍を有していたが、2007年に除籍。また、台枠に致命的な亀裂が発見されたことから2008年に解体された。これが最後の70系客車であった。
 また、小樽市総合博物館にスエ78-5が静態保存されている。

最後は窓について

 客車のキットを組む時、窓部材として何を使いますか?

私はこれまでGM(グリーンマックス)の窓セルを使用していましたが、もっと良い素材があったので紹介します。

それは、これ。


https://store.shopping.yahoo.co.jp/bunguo-no-osk/p-104.html?sc_e=slga_pla#ItemInfo 

熱で縮むプラバン遊びで使うプラ板です。透明度は高く、曲面への追従性も良好。切りやすく、割れることもない。(折り曲げ跡はつくけど)

それでもって、GMの窓セルより安い!(ここ一番重要)

7mm幅くらいの帯状に切り出して使うと〇。70系客車2段窓の場合は3.5mmに切り出した帯材を2段に貼りつけてありますね。
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KATOとかのはめ込み窓っぽい段差がよく表現できていると思うのですが、どうでしょうか。

今回は台車と床下について

 70系列の台車は、基本的にTR11とTR23です。

オハ70をはじめとする17m級車両は、客車ではオハ31系列、電車では30、31、50系列の被災車が種車であったため、台車はTR11(又は電装解除されたDT10)でした。

また、オハ71をはじめとする20m級車両は、客車ではスハ32系列とオハ35系列、電車では32,40,42,51,63系列の被災車であったため、台車はTR23(又は電装解除されたDT12)でした。

今回、模型化するにあたり、GM(グリーンマックス)のTR11、TR23台車を利用しました。

 次に床下について。

上記の種車の理由から、17m級車両が魚腹台枠であること20m級車両は枠型台枠であります。また、床下の装備はブレーキシリンダー、空気タンク、車軸発電機、蓄電池、空気タンクが基本であり、これらはほかの客車と大差ありません。なので、こいつらはGMの客車床下セットを利用しました。カプラーは安心と実績のKATO Nカプラーを採用。この値段でエアホース付きはアド。

蓄電池は適当な角材+ラインテープの黒塗り、タンク類はプラ棒+ラインテープの黒塗りで自作してしまった車両もありました。

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